最小侵襲整形外科手術 (獣医師向け)

科目:

minimally invasive orthopedic surgery

陰山 敏昭 (整形外科)

はじめに

MIOS(minimally invasive orthopedic surgery)という用語は、近年、頻繁に用いられるようになってきており、最小侵襲手術や低侵襲手術と訳され、侵襲の少ない(体への負担が少ない)術式の意味として用いられている。これは大きく分けて内視鏡(関節鏡)や術中レントゲン透視(c-arm)やナビゲーション装置などを用いた手術を意味する狭義の場合と、広義には傷の小さい手術という意味で用いられている。

低侵襲手術という概念からすると、経験の浅い術者と経験の豊富な術者では手術時間、切開創の大きさが大きく異なり、骨鉗子や開創器や鉤などを適切に使用することで、愛護的な組織の扱いが可能となり、緻密で正確な手技などが全て低侵襲となる。

また、整形外科と脊椎外科では、最も侵襲が強く、予後に影響を与える要因として「感染」がある。「最大侵襲である感染」を防ぐためには手術室の環境、ドレープ、器具の無菌的操作などが非常に重要である。

生体侵襲を軽減するには、このような基本的な手術環境や手術手技が最も重要であることを忘れてはいけない。 例えば実際の獣医臨床では一般的な小型犬の橈尺骨骨折での手術成績は、最小侵襲プレート固定法MIPO (minimally invasive plate osteosynthesis)と観血的整復内固定法ORIF (open reduction and internal fixation)の差よりも、術者の経験や基本的な手術環境などによる差異の方が圧倒的に手術成績に影響を与える。

したがって、「最新の器具を用いる」とか「関節鏡を使う」ことが、「低侵襲」と同義ではないことに留意すべきである。

本稿では「骨折治療での低侵襲手術と創外固定法」、「術中レントゲン透視(C-arm)を用いた最小侵襲整形外科手術」「上腕骨顆骨折と仙椎スクリュー刺入における術前CTおよび術中レントゲン透視(C-arm)併用の有用性」、「犬の関節鏡手術」について述べる。

骨折治療での低侵襲手術と創外固定法

小動物臨床で用いられている骨折治療方法として

1)ギプスなどの外固定法、 2)ピン・軟ワイヤー、 3)Plate/Screw内固定、 4)創外固定法、 5)インターロッキングネイル  などがある。

骨折治療の考え方・手術法は様々であるが、治療の基本は

1)動物の病的状態が最小限であること。

2)手術後の成功率が最高と考えられる方法を選択すること。

3)手術後の結果が安定し、予測可能であること。

これらを達成する目的で、観血的整復内固定ORIF (open reduction and internal fixation)がAO法により提唱され、完全な「解剖学的整復」と「強固な固定」により、多くの骨折が良好に回復可能となった。しかしながら、一部の症例では骨片と軟部組織への血行に損傷を加えることで感染や骨癒合不全を合併する例が散見された。これらの反省から、生物学的骨接合術の重要性が再認識されるようになり、創外固定法や最小侵襲プレート固定法MIPO (minimally invasive plate osteosynthesis)として血行を温存する重要性が提唱されるようになった。しかしながら実際の臨床では観血的整復内固定ORIFが必要な場合が多くある。例えば骨折から手術までの経過日数が10日以上経っている場合では非観血的整復が困難な場合が多く、観血的整復が必須な場合がある。また、変形癒合や骨癒合不全の治療では多くの場合に観血的整復内固定ORIFが必要である。したがって、骨折治療においては、症例ごとに機械的骨接合術と生物学的骨接合術、あるいはその両者のバランスを取りながら柔軟に対応していく必要がある。

創外固定手術の考え方

1)創外固定法は以前より用いられてきた方法だが、近年、その器具、適応、手技が飛躍的に進歩し、従来の方法では治療が困難であった開放骨折、挫傷などの外傷治療に積極的に用いられるようになると共に、合併症は激減し、応用範囲が広がっている。

創外固定の器具は他の整形外科器具に比較し安価であり、外傷の初期治療を行なう開業獣医師にとって創外固定法をマスターするのは必須であると思われる。しかしながら、創外固定法の手技はプレ−ト固定に比較し容易な面もあり、「とりあえず創外固定」といった気持ちで手術を行なうべきではない。また、生物学的骨折整復だからといって、「だいたいの整復位で大丈夫」ではなく、どんな骨折でも解剖学的整復に勝るものはない。したがって、周囲軟部組織を極力温存し、可能なかぎり解剖学的整復を試みるべきであると考えられる。また、症例により様々な固定法と固定強度を得ることが可能な創外固定法は、術者の経験や技術と共に骨癒合の治癒機転、原理に関する知識が非常に大切になる。 実際の臨床ではピン・軟ワイヤーあるいはプレート/Screwなどの内固定を中心として手術しているが、創外固定法の利点・欠点を十分に理解し使用あるいは他の固定法と併用することで、手術の巾がかなり広がり、以前は困難と思われた症例でも難なく治療可能になることが多い。

2)創外固定での機械的安定性と生体の生物学的骨折治癒のバランスを常に考慮する。

術前計画が非常に重要である。Plate固定法では術野を大きく展開し解剖学的整復と強固な固定が可能となる。しかしながら、Plate固定に比較し創外固定では一般に固定強度は低く、固定期間をなるべく短くする方が安全である。そのため、創外固定では軟部組織を極力温存し、仮骨形成を最大限に引き出し、早期に骨癒合をさせるようにするように勤める必要がある。その際に、Perren SMの「歪み理論」を参考にし、「不安定な固定」と「適切な機械的刺激」とを混乱することは避けなければならない。

一般的に橈骨・脛骨に対しては骨折整復に必要最小限の開創のみを行い(Mimi-approach )、大腿骨・上腕骨に対しては皮膚切開は通常通り行なうが、骨折部の軟部組織の剥離は最小限に留めるアプロ−チ(Semi-Open approachあるいはOBDNT: Open But Do Not Touch )を行う。 骨幹部の粉砕骨折等で、解剖学的整復が不可能な場合に、従来の方法論(”解剖学的整復と強固な内固定”)では上手く行かない例がある。そのため、術前のレントゲンで解剖学的整復が不可能だと予測される場合には、可能な限り骨の血行を温存し、生物学的な骨折治癒能力を最大限に引き出す手術法(生物学的骨接合術)を行うべきである。

3)一般的には初期には強固な固定を行ない、治癒にともない安定性を弱めていく。

通常、骨折固定後の初期の4-6週間は強固な固定をする、その後の仮骨形成の状態に合わせて安定性を低下させる(destabilization)ことで、骨に刺激を与えていく。そうすることで仮骨のリモデリングや成熟を促していくことが創外固定では可能である。したがって、創外固定器の装着中は、常に仮骨・骨癒合と骨折部に対する負荷の状態を考慮して治療する必要がある。

術中レントゲン透視(C-arm)を用いた最小侵襲整形外科手術 

はじめに

小動物整形外科手術においては人医と同様に確実性と低侵襲性が必要である。 近年の術中レントゲン透視装置(C-arm)は低線量、高画質化が進み、人医の整形外科手術では多用されている。獣医界では近年、Tomlinson、CookらがC-armを併用した非開放手技を用い良好な成績を報告している。 今回、我々は術中C-armが使用可能な手術室にて手術を行い、その有用性を検討したので報告する。

材料ならびに方法

2007年4月~2009年3月の2年間で名古屋動物整形外科病院(現:名古屋動物医療センター)に来院し、手術中にC-armを用いた症例について検討を行った。関節手術での使用は212例、骨手術での使用は189例、脊椎手術での使用は419例、合計820例について検討した。 レントゲン透視装置(C-arm)はSIEMENS製SIREMOBIL Compact Lを用い、手術室は放射線防護が必要なため放射線遮蔽の施工を行い、レントゲン透視に対応した手術台を使用した。今回の症例に関して、C-arm使用が有用であった症例、合併症の有無、使用法に関して検討を行った。

結果

低侵襲手術が可能であった手術は、仙腸関節脱臼や骨盤骨折時の仙椎へのスクリュー刺入、成長板骨折でのK-wire刺入、上腕骨遠位部骨折でのスクリュー刺入、創外固定手術など。 関節外科で有用であった手術は、大腿骨顆、上腕骨顆、上腕骨頭の回転中心へのスクリュー設置位置確認、インプラント誘導・位置確認。 骨外科で有用であった手術は、生物学的骨折整復時の骨整復位置確認、インプラント位置確認。 脊椎外科で有用であった手術は、脊椎位置確認、Ventral slot手術での椎体の傾斜確認、環軸亜脱臼での整復固定位置確認、インプラント位置確認。などであった。

考察

今回の検討では、犬の仙腸関節脱臼や上腕骨遠位部骨折での顆間スクリュー刺入に対してC-armを用いた低侵襲手技においてスクリュー刺入失技はなかった。 また、C-armを用いた成長板骨折でのK-wire刺入、創外固定手術では非開創、低侵襲手術が可能であり、生物学的骨整復が正確に達成された。今回の検討では、手術脊椎の位置確認のミスや、手術直後にインプラントの再設置が必要となった症例は1例もなかった。 従来、インプラント刺入や設置位置は、術者の「経験と勘」に左右されることがあったが、C-arm使用により、確実性と低侵襲性が同時に可能となり、手術時間も短縮されることから、今後は小動物整形外科手術での術中レントゲン透視は必須であると思われた。(第78回獣医麻酔外科学会にて発表)

犬猫の仙椎スクリュー刺入における術前CTおよび術中レントゲン透視(C-arm)併用の有用性 

はじめに

仙腸関節脱臼や骨盤骨折時の仙椎へのスクリュー刺入は小動物整形外科手術において頻繁に用いられる手術手技である。従来は腸骨および仙椎部を大きく切開し、仙椎耳状面の目視や仙椎腹側の触診によりスクリューの刺入位置を決定していたが、小型犬種や猫や仙椎骨折を伴う場合にはその設置は不確実になる場合があった。 近年、Tonksら(2008)は犬の仙腸関節脱臼に対してC-armを用いた非開創手技を用い良好な成績を報告しているが、彼らの手技では腸骨のGliding holeの位置が不正確になることが問題点であった。そこで今回、我々は仙椎スクリュー設置手術に際して、術前CTおよび術中レントゲン透視(C-arm)を併用することで、さらに確実で低侵襲な方法を試み、その有用性について検討した。

材料ならびに方法

2007年4月~2010年3月の3年間で名古屋動物整形外科病院(現:名古屋動物医療センター)に来院し、仙腸関節脱臼または骨盤骨折時の仙椎へのスクリュー刺入を行った犬27例、猫13例の計40症例、仙椎に刺入した57本のスクリューについて検討した。全例で手術前にヘリカルCTを1mmスライスで第7腰椎-仙椎を含む骨盤を撮影し、腸骨のGliding holeの位置計測と腸骨-仙椎椎体の横径距離計測を行うことでScrew長を決定した。さらに術中にC-armレントゲン透視を用いて整復位置やスクリュー刺入をコントロールした。

仙腸関節脱臼の手術方法は、非開創で骨盤を整復し、腸骨のGliding Hole位置を決定し、K-wireで仮固定した後に皮膚切開を約8mm行い、Tap sleeveを用いてDrillingし、スクリュー刺入した。スクリューの長さは事前にCTで決定した長さのものを用いた。

手術後のレントゲンで、仙椎内にスクリューが完全に刺入されたか。仙椎横径に比べに何%の長さのスクリューが刺入されたか。術後経過でのスクリュー破損の有無について検討した。

結果と考察

40症例の体重は7.1±7.2kg(1.6から41.8kg)、年齢は4.2歳±3.3歳(0.5から13歳)であった。脊柱管や椎間にスクリューが刺入された症例は無く、スクリュー刺入失技は1例もなかった。また、全例で仙椎に50%以上の長さのスクリューが刺入された。術後経過ではスクリュー57本中、2本で破損、1本に緩みが認められたが、再手術の必要はなかった。術後の回復は全例で良好であった。

DeCampとBraden(1985)は犬の仙腸関節脱臼でのスクリュー設置は仙椎に60%以上の長さのスクリューを刺入し、仙腸関節を90%以上整復することで合併症が減少すると報告している。また、犬の仙腸関節脱臼に対しTomlinson(1999)が初めてC-armを併用した非開創手技を用い13頭で報告し、その後Tonksら(2008)は24例で報告しており、現時点では犬猫の仙椎へのスクリュー刺入では、C-armによる術中レントゲン透視は必須であると思われる。今回、仙腸関節脱臼や骨盤骨折時の仙椎へのスクリュー刺入では、術前CTおよび術中レントゲン透視(C-arm)を併用することにより、確実性と低侵襲性が同時に可能となり、手術時間も短縮されたことから、非常に有用な方法であると考えられた。(第80回獣医麻酔外科学会にて発表)

犬の関節鏡手術

関節鏡は主に2.7mm、2.3mm、1.9mmの30度斜視鏡を用いている。その他にビデオ装置、光源、プローブ、フック、バスケット鉗子、グラスパー、剪刀、ナイフ、キュレット、ハンドバー、マイクロピック、シェーバーなどが必要となる。

CT、MRIなどの非侵襲の画像診断やC-arm透視に比較し、関節鏡手術を行う頻度はそれほど多くはない。しかしながら、肩関節、肘関節、膝関節、股関節、手根関節、足根関節の離断性骨軟骨炎、靱帯損傷、腱炎、骨片除去、半月板損傷、関節軟骨評価、骨折整復確認、関節ネズミ除去、生検などの診断・治療には必須の場合が多い。

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