犬の橈尺骨骨折と骨癒合不全の特徴

科目:

犬の橈尺骨骨折300症例の検討

整形外科 陰山 敏昭

はじめに

橈尺骨骨折は本邦の犬の整形外科では最も多い骨折部位である。特にトイ犬種では家庭内での落下等の小さな外力で骨折する。橈尺骨の骨癒合には年齢・骨の血行・骨の形態・骨への負荷・動物の活動性などが複雑に関与していると考えられており、同時に癒合不全や変形癒合の発生率は高い。

整形外科手術では、術者の経験と技術が治療を成功させる最も重要な要因であるが、髄内ピン、ワイヤー、スクリュー、プレート、創外固定などの手技には、すべて基本原則がある。

整形外科手術を行う際には基本原則に沿うように努力すべきであるが、他院で手術を行って骨癒合不全や合併症を起こし、名古屋動物医療センターに紹介された症例(図1)の多くは、細菌感染や基本原則に従っていない手術に起因する場合がほとんどである。

図1-1: 橈尺骨骨折の骨癒合不全症例-1

図1-2: 橈尺骨骨折の骨癒合不全症例-2

図1-3: 橈尺骨骨折の骨癒合不全症例-3

実際には、症例ごとに骨折の形態、体重、年齢、活動性、性格、そして飼い主の術後ケア能力そして術者の経験、使用可能な器具、手術環境は多種多様であるため、個々の対応が必要である。 個々の症例に対して最も成功率が高いと考えられるアプローチ・手術法・外固定を含む術後療法を選択する必要があるがあるが、逆に最も難しい点でもある。

小型犬の橈尺骨骨折手術は非常に合併症の多い手術であり、橈尺骨骨折の再手術では軟部組織に異常を併発することが多く、後遺症が残る可能性が高くなり、1回目の手術よりも難度がさらに高くなる。

したがって、犬の橈尺骨骨折は早期に専門医が手術を行う必要のある骨折である。

材料および方法

本調査は、著者が治療を行った犬の橈尺骨骨折または橈尺骨癒合不全の300症例について検討した。 評価には、臨床データ、術中所見を用いた。臨床データでは、犬種、性別、罹患肢、体重、骨折時月齢、初診時月齢、癒合不全の有無について検討し、術中所見においては、手術術式、感染の有無などを評価項目とした。

結果

治療を行った橈尺骨骨折症例と橈尺骨癒合不全症例の割合は、橈尺骨骨折症例が70%、橈尺骨癒合不全症例が30%を占めていた。橈尺骨骨折症例の犬種割合はトイ・プードル、ポメラニアン、イタリアン・グレーハウンド、パピヨン、チワワで多く、ダックスやシーズーやコーギーなどの軟骨異栄養犬種では少ない傾向であった(図1)。骨癒合不全は特にトイ・プードル、イタリアン・グレーハウンド、パピヨンで多い傾向であった。

図2: 橈尺骨骨折の犬種割合

骨折時の年齢は2歳以下が骨折の80%を占め、生後4カ月から10ヵ月齢に多発する傾向であった(図2)。

図3: 橈尺骨骨折の骨折時月齢

体重は1.5kgから4.0kgの間が最も多く、体重6.0kg以下が全症例の90%を占めていた(図3)。橈尺骨の癒合不全症例のうち、体重が5kg以下の症例は、87%を占めていた。

図4: 橈尺骨骨折の骨折時体重

骨折した患肢の左右差は新鮮骨折の場合には、右47%、左46%と左右差は見られず、左右同時に骨折していた症例は7%であった。 また、骨癒合不全症例の左右差は、右40%、左56%と左側橈尺骨骨折の方が癒合不全になりやすい傾向にあり、左右同時に骨折していた症例は4%であった(図4)。

図5:橈尺骨骨折の患肢の左右差

また、雌雄差は認められなかった。多くの小型犬は1m以下の高さから、フローリングやコンクリートなどの硬い床に落下して骨折していた。

著者が行った新鮮骨折症例に対する手術法、処置法は、プレート固定法が81%、ピンニング8%、創外固定法が5%などであった。癒合不全症例に対する手術法、処置法は、プレート固定法が54%、創外固定法が7%、イリザロフ固定法が7%、であり、インプラント除去が9%、外固定が14%であった(図6)。

図6:橈尺骨骨折の手術方法

橈骨長の短縮率は、1つの症例で手術の回数が増えるほど、橈骨長は短縮した。また、外科手術を行わず、外固定のみで治療を行った症例においては骨変形による機能的短縮率の上昇がみられた。骨折をしてから1年以内の症例では、骨折をしてから手術を行うまでの日数が長くなるほど、橈骨長が短縮していた。

術前・術後の橈骨の機能的短縮率に関しては、初回骨折症例は術前5.5%、術後1.2%であり、癒合不全症例では術前8.1%、術後8.9%であった。

また、術後の骨癒合率は新鮮骨折症例で100%、骨癒合不全症例では94%であった。

考察

犬の橈尺骨の骨折は本邦の小動物臨床において、最も骨癒合不全に至る症例が多いと思われ、訴訟等のトラブルも非常に多い。犬の橈尺骨癒合不全に関して以前に我々が報告したものの(犬の橈尺骨癒合不全に関する検討. 高木寿子、陰山敏昭 他 獣医麻酔外科学雑誌 37巻 Suppl.2 212-213 2006. 12)、その体系的な報告は非常に少ない。今回の研究から犬種、年齢体重分布などの詳細が明らかとなったことから、骨癒合不全の要注意犬種の場合には、他部位の骨折よりも合併症の頻度がかなり高いことを飼い主に十分インフォームする必要があると思われた。

橈骨骨折の合併症で頻度の高いものは、髄内ピンの折損、プレートの折損、スクリュー部(特に最近位のスクリュー)で骨折、不適切な解剖学的整復、大きすぎる創外固定器による固定ピンのルーズニング、外固定の不備による骨変形や軟部組織損傷、感染であった。

小型犬種の橈骨骨折で骨癒合が遅い原因としては、骨折部の不安定が生じやすいため(犬の性格として落ち着きがなく、非常に活発)、骨折部に軟骨形成しやすく、大型犬に比較し仮骨形成が悪い。また、橈骨の骨髄腔が非常に狭く、骨幹端~骨端部の血管密度が低いと考えられている。

トイ犬種の橈骨骨折の場合には「骨形成」と「骨吸収」の要因のバランスをとることが非常に難しい。すなわち、適切な安定性・患肢の使用(骨刺激)により「骨形成」し、不安定性や過度の安定性あるいは患肢の不使用で「骨吸収」する。著者の経験から、感染のない癒合不全において骨折部の力学的環境と血行などの生物学的環境を考える場合、トイ犬種の橈骨骨折では力学的環境を適切にしない限り、自家海綿骨移植やBMP(骨形成蛋白)等を用いても旺盛な骨形成は起こさないことから推測すると、トイ犬種の橈骨骨折を治療あるは癒合不全の原因を考える際には、「骨折部の力学的環境を如何に適切に維持するか」が最も重要な点であると考えられる。

この検討から著者が行った橈尺骨骨折での術後の骨癒合率は新鮮骨折症例で100%、骨癒合不全症例では94%であり、合併症を可能な限り減少させるためには、単一の手術手技に固執することなく、骨折の状況に適した手術法を選択する必要があり、プレート固定法、ピンニング、創外固定法、イリザロフ固定法、インプラント除去、外固定などの様々な手術法や処置を適応する必要がある。

 

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