犬の前腕変形(獣医師向け)
科目:整形外科
犬の前腕変形に対する矯正骨切り術
Surgical treatment for the radial/ulnar deformities
陰山 敏昭 (名古屋動物医療センター)
はじめに
犬の前腕変形の原因で頻発するのが「橈尺骨成長板早期閉鎖」と「橈尺骨骨折後の変形癒合」である。「橈尺骨骨折後の変形癒合」の治療は比較的単純であり、骨切りと変形矯正・固定を行えば多くの場合で満足を得られる結果となる。しかしながら、橈尺骨の成長板障害は著明な前腕変形を来す場合や、肘関節の関節不一致を認める症例など非常に多様である。橈尺骨の成長板障害は、橈骨尺骨成長板骨折に伴う場合と橈骨尺骨成長異常の場合に分けられる。最近では小型犬の橈尺骨骨折が非常に多く認められるため、成長期の小型犬の橈尺骨遠位骨折の際にも飼主に成長板早期閉鎖の可能性があることを手術前に伝えるべきである。また、ダックス、コ−ギ−やペキニーズが前腕変形で来院する機会も多く、橈尺骨成長板障害は前腕変形の矯正とその予防に加え、手根関節と肘関節の障害を早期に診断し、二次性の関節炎を最小限に抑えることが必要である。
橈尺骨変形は、「尺骨/橈骨骨切り・変形矯正・固定」をPin、Plateによる内固定法や従来の創外固定法などを用いて一期的手術で完治可能な症例が多いが、従来の方法では不完全な治療しか出来ない症例では、Ilizarov型創外固定を装着し、橈骨を骨切りした後に、橈骨の骨延長と変形矯正を同時に行なう方法で、重度の骨短縮や骨欠損の治療および変形矯正が可能である。
前腕変形の原因
前腕変形は非常によく見られる症候群である。しかしながら、その原因は非常に多彩であるため、的確な診断と適切なタイミングでの手術が必要となることが多い。また、犬種により前肢の形態が大きく異なるため、個々の症例ごとに変形の程度と治療目標が異なるため注意が必要である。成長期の前腕変形の原因としては以下の疾患が多く認められる。1)橈尺骨遠位成長板早期閉鎖、2)Short Ulna Syndrome、3)尺骨遠位の軟骨芯遺残、4)遺伝性の成長異常・前腕変形、5)先天性あるいは成長期の肘関節亜脱臼~脱臼、6)手根関節緩み症候群(carpal laxity syndrome) などである。これらの原因を確定した上で適切な治療計画を立てることが肝要である。
各病態での手術法の選択
治療指針
a) 障害のある成長板の特定
b) 骨変形の方向と程度を把握
c) 手根関節・肘関節の関節不一致・変形、可動域・可動方向、痛みの有無
d) 成長板損傷時の年齢(残っている成長期間)
e) 犬種(軟骨異栄養犬種、小型犬〜超大型犬)
を考慮し、適切な手術計画を立てることから始まる。
外科治療の目的
1)正常な肘関節・手根関節の維持、2)変形の予防・矯正、3)肢の長さの保持
を満足させる方法でなければならない。
代表的な手術法としては
・尺骨骨切り(近位・遠位)(尺骨延長・尺骨短縮)
・橈骨延長(Plate固定)
・Radial Dome Osteotomy + 外固定による一期的変形矯正(MacDonald,1991)
・Plateによる一期的変形矯正・固定
・Ilizarov創外固定 よる持続的変形矯正・仮骨延長 などがある。
治療には主に尺骨を手術する場合と橈骨を手術する場合があり、以下の点に留意して行う。
A)尺骨遠位成長板障害での手術法
○尺骨の外科的処置(遠位橈骨成長板の閉鎖前の場合)
早期治療により正常な肘関節の維持、橈骨の湾曲を最小限にする。
1)尺骨骨切り切除術(±自家脂肪移植)
橈骨の成長途中で骨切り部が早期に癒合した場合には、再手術が必要
2)尺骨骨切り術+尺骨の骨延長
尺骨の長さを橈骨成長と同じ長さにすることで、尺骨の癒合を遅らせる
○橈尺骨の外科的変形矯正(遠位橈骨成長板の閉鎖後の場合)
前腕のアライメントを機能的な位置に矯正する。
重度の変形矯正を一期的に行う場合には、術前CTデータを用いた
3Dプリンターによる骨モデルを作成し術前計画を行う。
1)橈骨の斜め骨切り術+尺骨斜め骨切り術
斜め骨切り術を橈骨が最も変位した位置に行う。
利点:術式が容易、患肢長が多少長くなる
欠点:固定の安定性が悪い
2)橈骨の楔状骨切り術+尺骨斜め骨切り術
橈骨の横断骨切り術を橈骨の変位の最も近位に行う。
利点:固定の安定性が良い
欠点:患肢短縮
3)橈骨の楔状骨切り術+近位尺骨亜脱臼の整復
骨間靱帯の分離(切開)を行い整復後、骨間Screwにより固定
B)橈骨遠位成長板障害での手術法
○橈骨の外科的処置(遠位橈尺骨成長板の閉鎖前の場合)
1)橈骨骨切り術+Ilizarov創外固定 よる変形矯正・仮骨延長
○尺骨の外科的処置(遠位橈尺骨成長板の閉鎖後の場合)
1)尺骨骨切り短縮術
*欠点:更に患肢が短くなる
*利点:容易に行なうことが可能、術後管理が少なくて済む
○橈骨の外科的変形矯正(遠位橈尺骨成長板の閉鎖後の場合)
1)橈尺骨骨切り術
肢の変形は矯正できるが、肘関節の亜脱臼は治せない。
2)橈骨の骨切り術+一期的骨延長+自家海綿骨移植
橈骨を骨切りし肘関節不一致の整復後プレーティング+橈骨のGapに自家海綿骨移植
3)橈骨の骨切り術+橈骨の仮骨延長(Ilizarov)
尺骨の手術法の実際
尺骨の手術は、以下の4つの要素により、種々の方法がある。
1)尺骨近位で行なうのか尺骨遠位で行なうのか
2)尺骨を延長するのか短縮するのか
3)骨切りの角度(横断、斜め骨切り)
4)髄内Pin (±軟Wire)固定を行なうのか、行なわないのか
A) 尺骨の遠位骨切り術
適応は主に成長期の尺骨遠位成長板障害であり、通常は尺骨の不癒合状態を生後10~11ヵ月齢前後まで維持する必要がある。
手術の際に考慮すべき事項としては、以下の通りである。
1)手術時年齢
生後6ヵ月以前に手術をする場合には非常に早期に骨癒合を来すことが多く、生後10ヵ月以降ではかなり緩徐な骨癒合になる。
2)骨切り部位
橈尺骨の近位1/3くらいの部位に骨間靱帯(橈骨と尺骨を繋げている靱帯)があり、それより遠位で骨切りをする必要がある。尺骨遠位1/3くらいの骨幹部で骨切除を行なう方法が一般的。ただ、尺骨遠位の成長板の部分閉鎖がある場合にはその部位の骨切除を行う場合もあるが、あまり遠位過ぎる部位に骨切りを行なうと手根関節部の不安定を起す場合があるので注意が必要である。
3)骨膜の切除
6ヵ月齢以下の大型犬であれば、尺骨の骨膜は厚く明瞭。骨膜を温存すると、非常に早期に骨癒合を来すため、骨膜も同時に切除する方が癒合が遅くなる。
4)骨切除の長さ
成犬の場合、骨の直径の1.5倍以上の骨欠損では仮骨は生じないと考えられているが、成長期の大型犬では癒合が非常に早いので1〜2cm以上の骨切除が必要となる。最終的に成長が停止する11~13ヵ月齢の時点で尺骨の骨癒合が起これば理想的だが、それより前に骨癒合を来した場合には、追加手術が必要となる。
5)皮下脂肪の移植の有無
切除部位に皮下脂肪を自家移植することで、骨癒合を遅らすことができる。
6)骨切除の形
長軸と垂直に骨切除を行なうよりも斜めに骨切除したほうが癒合は早くなる。通常は長軸と垂直に骨切除を行なう。
以上の要因が骨切り部の骨癒合を左右する。
尺骨の癒合不全が生後11ヵ月齢以上になっても持続した場合は(多くの場合、臨床的には大きな問題は出ないと考えられるが)、癒合不全部の結合組織を除去し、上腕骨近位から自家海綿骨移植を移植すれば骨癒合する。ただし、小型犬で尺骨骨切り部の断端がpencilling(萎縮性癒合不全)した場合は癒合は難しい。
B) 尺骨の近位骨切り術
手術適応
*肘突起不癒合(Ununited Anconeal Process, UAP)
Sjostrom (1995)、Turner (1998)は6~7ヵ月齢の症例で手術を行い良好な結果を得ている。
*内側鈎状突起分離(Fragmented Medial Coronoid Process, FCP)
Ness (1998)は10ヵ月齢以下の成長期の尺骨内側鈎状突起分断の犬に対して、尺骨内側鈎状突起分断の除去と尺骨近位骨切り術を行ない良好な結果を得ている。
Fitzpatrick(2013,2016)は Bi-oblique dynamic proximal ulnar osteotomy (BODPUO、尾側-頭側および外側-内側の平均骨切り角度は、それぞれ 55°(7°)および 48°(10°)、骨切りの最尾近位点は、肘頭から尺骨全長の平均 39%(5%)に位置)で良好としているが、Danielski(2023)は小型犬で高齢の場合は骨癒合不全のRiskが高いと報告している。
*橈尺骨遠位成長板早期閉鎖
Gilson (1989)は平均11ヵ月齢の犬の橈尺骨遠位成長板早期閉鎖に対して、鈎状突起から1〜2 cmの位置から尺骨の長軸に対して30°の角度で近位尾側方向に骨切りを行い、1.6〜2.4 mm径のピンを挿入することで安定化した手術法を行い比較的良好な結果を得ている。
手術法
1)尺骨尾側面を露出
2)尺骨を骨切り(一部切除)
3)±橈骨と尺骨間の骨間靱帯を切断
4)±骨切り部をIM pin±軟Wireを用いて安定化
尺骨近位骨切り手術を行った場合は、近位骨片は尾側に傾き、内反が起こる。尺骨を斜めに骨切りすることで、近位尺骨の過度なrotationを防止することが可能となり、長軸と垂直に骨切りを行なうよりも斜めに骨切りしたほうが癒合は早くなる。また、骨切り部の固定を行わないと、骨癒合不全や橈骨頭が不安定になり亜脱臼を来す症例があるため、骨切り後に髄内ピンを挿入した方が骨癒合が確実となる。ただし、「尺骨近位の動的骨切り」(DPUO, Dynamic Proximal Ulna Osteotomy)の場合には近位骨片を変位させて癒合させる目的があるため髄内ピンはあえて使用しないことが多い。
術後管理
術後、Robert-Johnes包帯の変法を行い、NSAIDsを服用する。運動制限は尺骨骨切り部が癒合するまで行う。
予後
手術を6〜7ヵ月齢で行なった場合は予後良好。重度病変のため、より若い年齢で行なった場合には、数回の手術が必要。関節の不一致が重度で8〜9ヵ月齢で手術を行なった場合は、後に関節炎を併発する可能性がある。一般的に関節炎を併発する前に手術を行なった方が予後は良い。
橈骨の手術法の実際
A) 一期的橈骨延長法(Plate固定)
橈骨骨幹部を骨切りし、Bone spreaderを用いて骨切り部を広げた位置でプレ−ト固定を行なう方法。開大した骨切り部には自家海綿骨移植を行い橈骨を骨癒合させる。
B) Ilizarov型創外固定法よる持続的変形矯正・仮骨延長手術
犬の成長期の橈骨成長板早期閉鎖による前腕変形、前腕短縮、肘関節不一致に対する手術法として、従来から用いられている方法として尺骨骨切り短縮や橈骨一期的延長などがある。しかしながら、多くの場合は成長期での手術となるため、数回の手術を必要とし肘関節適合性に問題の出ることが多かった。また、骨短縮と同時に骨変形を伴っている場合、あるいは肘関節や手根関節の亜脱臼を伴う場合には、従来の方法では満足のいく結果が得られないことがあった。 また、重度の角度矯正や脚延長を行う場合、プレートや通常の創外固定器を用いた一期的手術では周囲の腱や筋肉などの軟部組織により矯正が制限されてしまうことがあるが、Ilizarov法では角度、回旋、関節不一致の矯正が可能である。また、手術後に角度補正装置(ヒンジ、モーター)を使うことで更に精度の高い矯正が可能となる。演者はイリザロフ法を用いた前腕の変形矯正と仮骨延長術を行い良好な結果を得ている。
創外固定術は近年、獣医整形外科領域において比較的頻繁に用いられるようになった手技である。その応用である骨延長術distraction osteogenesisは1950年代、ロシアのIlizarovにより提唱された原理で、リング型創外固定器を装着し、骨切り部を徐々に牽引、延長するという方法である。これは至適条件下において、tension-stress-effectにより骨だけではなく、筋肉や神経、血管皮膚など全ての組織が増殖再生するという考えに基づくものである。一方、仮骨延長術(Distraction osteogenesisと呼ばれ、callotasis、callus distraction、osteodistractionと同義語)とは骨切り後、待機期間を設け、この間に形成された仮骨を延長するもので、1980年代にイタリアのde Bastianiによって考案された。現在行われている骨延長のほとんどは仮骨延長術である。仮骨延長術において、骨形成に影響する要因としてはフレームの安定性、骨切りの方法、待機期間、延長速度、延長距離等があり、これらの至適条件については多くの研究がなされてきたが不明な事項も数多くある。また、筋肉、神経等の周囲軟部組織は延長距離の重要な決定要因となる。仮骨延長術における治療期間は待機期間、延長期間、骨硬化期間からなり、骨や周囲軟部組織が重度に萎縮し十分な血行が得られない場合には、仮骨形成が乏しく治療期間がさらに長期化することがあるため、手術適応は慎重に考慮する必要がある。
手技や原理の詳細はGavriil Abramovich Ilizarov著の「Transosseous Osteosynthesis」という著書を参照されたい。
リング型創外固定器の手術器具は、1984年Ferrettiが、オリジナルの小児用Ilizarov systemを小動物の整形外科器具に使用し、後に、犬猫に適切な半径(50〜120mm)の軽いアルミニウム合金リングを開発した。このsystemはSmall Bone FixatorとしてHoffman SaS(Monza, Italy)によって販売された。他方、Dynamic External Fixatorとして、Jorgensen Laboratories(Loveland,CO)で販売された。このsystemはIlizarovのオリジナルフレームに似ているが、リングは70mm、100mm、150mmの3サイズのみであり、リングは薄いスチールのため負荷で変形する可能性があった。このようにIlizarov型創外固定の器具は、いくつかのメーカーから発売されているが、現時点でIMEX社の製品が最も安価で信頼できると考えられる。
おわりに
犬の前腕変形は非常に多様であり、骨変形を矯正すると同時に、手根・肘関節の不適合を解消し二次性関節炎を如何に予防するかが治療のポイントとなる。特に成長期の場合には、保存的に治療すること(不適切な経過観察)で関節の形成不良になることが多いため、迅速な診断と的確な治療が必要となる。常に、成長板障害の診断の際には、跛行の原因が前腕変形によるものなのか、関節の不適合による痛みからなのかを考慮して治療を進めることが肝要である。
橈骨遠位成長板早期閉鎖に随伴する肘関節亜脱臼の整復と前腕の変形矯正は、Ilizarov型創外固定法よる持続的変形矯正・仮骨延長手術を用いることで正確に整復することが可能となった。この発見と臨床応用での成果は、人の骨外科手術では20世紀最大の発見とも言われている。というのは、従来、骨癒合あるいは骨形成は「圧迫固定」以外には考えられなかったが、適切な牽引ストレスを組織に加えることで、仮骨形成のみならず血管新生を伴う軟部組織再生が可能になるからである。本方法は整形外科を専門とする獣医師にとっては非常に興味深く、多くの知見を得ている。今後はさらに症例を蓄積し手術適応基準、固定方法、待機期間、延長速度と周囲軟部組織の延長などについて検討する必要があると思われる。