猫の整形外科疾患(獣医師向け)

科目:

陰山 敏昭 (名古屋動物医療センター)

はじめに

猫の整形外科疾患は犬に比較して少ないが、本邦では近年の猫(特に洋猫)の飼育頭数の増加に伴い、今までの日本猫には見られなかった疾患が増えている。また、外飼いの猫の減少と室内飼いの猫の増加に伴って、外傷性疾患の原因がアブセスや交通事故から、マンション等の高所からの落下が原因のHigh-rise syndromeが多発するようになっている。 猫の整形外科の分野では「 Cats are not small dogs」であることを再認識する必要がある。

猫の診断・治療での注意点

動物病院の診察室内での歩様検査は、猫では困難な場合が多い。そのため、最近では飼い主に自宅内で歩様や行動を動画撮影して持参してもらうことがしばしばある。また、整形外科身体検査あるいは神経学的検査は痛みの強い場合や狂暴猫では困難なことがある。 レントゲン撮影が困難な場合には、近年では無麻酔CT撮影が比較的容易に可能となっている。

治療法の選択には、猫の性格、飼い主の協力態度、術後安静が可能か否か、獣医の機材の有無、環境、手術技量などを考慮する必要がある。犬と比較し、猫は障害された機能を代償する能力が非常に高いが、外固定は困難な場合が多く、術後安静はCage Rest以外は困難なことが多いことを考慮する必要がある。

犬と同様に、整形外科疾患は成長期整形外科疾患と外傷性整形外科疾患に分けられる。

成長期整形外科疾患

成長期整形外科疾患には遺伝性・先天性疾患があり、猫で報告されている遺伝性代謝性疾患には、蓄積病(Alpha-mannosidosis, Mucopolysaccaridosis, Mucolipidosis)や骨形成不全症(Osteogenesis Imperfecta)、Scottish Foldの骨軟骨異形成症(図1.2)、先天性甲状腺機能低下症、くる病などの報告がある。栄養性整形外科疾患としては栄養性二次性上皮小体機能亢進症や腎性二次性上皮小体機能亢進症やVitamin A過剰症などが報告されている。

図1: Scottish Foldの骨軟骨異形成症—–中手骨が短く、指関節に骨増生

図2: Scottish Foldの骨軟骨異形成症—–足根関節部に骨増生

関節疾患としては犬と同様に股関節形成不全(図3)や膝蓋骨脱臼(図4)が最もよく認められる。

図3: 猫の股関節形成不全—関節の緩みが関節炎に進行する

図4: 猫の膝蓋骨内方脱臼

膝蓋骨脱臼は日本猫では非常に少ないが洋猫で散見される。膝関節の半月板の石灰化が46%の家庭猫に認め、解剖膝の60%に半月板石灰化(内側半月版の前角)を認めたとの報告がある。犬と異なり肘関節の関節炎はよく認められるが、その原因が肘関節異形成との報告は少ない。猫のDJDに関する前向き研究(prospective study)は非常に少なく、15歳から10歳の猫のレントゲンによる四肢の骨関節炎は66%から16.5%と高率(肘関節、膝関節、股関節、足根関節)に認められるが、その予防や治療に関する研究は非常に少ない。

多発性関節炎は感染性と免疫介在性あるいはびらん性と非びらん性に分類される。まれに滑膜性骨軟骨腫症が偶発的に診断される場合がある。

外傷性整形外科疾患

交通外傷は以前から多く認められる疾患である。また、High-rise syndromeでは1歳以下の猫が半数以上を占め、平均3歳前後の年齢で、1年のうち気候が温かい時期に多く(窓を開けるため)発生する。また、High-rise syndromeの3大損傷は1) 胸部損傷(肺挫傷や気胸)、2) 頭部・顔面損傷、3) 四肢損傷を起こす頻度が非常に高い。後肢骨折が前肢骨折よりも起こりやすく、脛骨骨折が最も多く起こる(図5)。大腿骨骨折の場合は多くが遠位骨折である。

図5: High Rise Syndrome—-マンションの4階からアスファルトに落下。脛骨粉砕・開放骨折

解剖学的相違

猫の骨は犬に比べて軽量で、長骨は直線状で皮質が薄く骨髄腔が大きく、肩甲骨や骨盤などの扁平骨は薄い。また、犬種差に比較し猫種による差異は少ない。運動機能の点から、Dogs Are Marathoners, Cat Are Sprintersといわれることがあり、関節可動域は犬に比較し広い。

成長板の閉鎖時期は犬では13ヵ月齢までにほとんど閉鎖することが多いが、猫では犬に比較し遅く成長板閉鎖することが多いため、成長板骨折が1歳以降に起こることも多く認める。また、犬の尺骨遠位成長板は円錐形で早期閉鎖による前腕変形は最も多く認められるが、猫の尺骨遠位の成長板の形態は平坦のため、犬に比較し前腕変形が起こる頻度が少ない。また、生後7ヵ月齢以前に不妊・去勢手術を受けた場合、橈骨遠位成長板の閉鎖の遅れが見られるとの報告があるが、成長板の閉鎖の遅れによる、成長板骨折のリスクが高くなるか否かは不明。

骨・靭帯の形態の違いと手術法

肩甲骨

幅広く短く薄い。肩峰には鈎上突起、鈎突起、烏口突起あり。鎖骨あり。

猫では肩甲骨脱臼がまれに認められる。

上腕骨

上腕骨遠位内側に顆上孔があり、その中を正中神経と上腕動脈が通過しており、上腕骨遠位内側の上腕三頭筋の内側頭の下に尺骨神経が通過している。また、犬には滑車上孔があるが、猫の肘頭窩は穴が開いていない。解剖学的に内側顆の髄内ピン刺入が難しいため、上腕骨遠位のT/Y字骨折などの場合は創外固定と髄内ピン併用(図6,7,8)で良好な結果が得られる。

図6: 上腕骨遠位粉砕骨折—-Plate内固定は困難

図7: 上腕骨遠位粉砕骨折—-髄内Pinと創外固定を併用した手術

図8: 上腕骨遠位粉砕骨折—-良好に骨癒合

肘関節

肘関節の側副靭帯評価のためのCampbell試験(肘関節90度、手根関節90度)では 回外110度-回内70度(犬:回外70度-回内45度)で、後方脱臼が多く認められる。

橈骨・尺骨

橈骨骨幹部のPlateの設置位置は前外側面になる。尺骨は犬と比較し太いため、尺骨の髄内ピンやPlate固定が可能である。しばしばMonteggia骨折が認められる。

骨盤

腸骨骨折、仙腸関節脱臼、寛骨臼骨折による骨盤狭窄あるいは排尿排便障害、後肢の負重障害がある場合にPlate・ピン・スクリューによる内固定手術(図9、図10)あるいは創外固定による手術を必要とする。

図9: 骨盤骨折(重度)

図9: 骨盤骨折(重度)—–Plate、Pin、Screwによる内固定手術

股関節

大腿骨頭靭帯からの血液供給は犬に比較し多く、筋膜張筋と外側広筋は太い。また、縫工筋は犬と異なり前部と後部に分かれていない。股関節脱臼は猫の脱臼では最も多い。股関節形成不全やDJDの有無を診断する必要あり。

大腿骨

大腿骨は直線状で骨髄腔が大きく髄腔が均一で骨皮質が薄い。そのため、髄内ピンが挿入しやすい(図11,12,13)。

図11: 大腿骨遠位粉砕骨折

図12: 大腿骨遠位粉砕骨折

図13: 大腿骨遠位粉砕骨折—手術後

粉砕骨折の場合にはPlate-rod法で生物学的骨折治療を行うことが多い。髄内ピンは逆行性に刺入すると術後に坐骨神経障害を起こす可能性が高くなる。2歳以下の去勢雄では大腿骨頭成長板骨折(図14)をしばしば認め、左右の成長板が骨折する場合がある。

図14: 大腿骨頭成長板骨折

膝関節

猫の前十字靭帯は太いため、犬に比較し前十字靭帯断裂の頻度は少ない。前十字靭帯は外傷性あるいは変性性に断裂し、外傷性の場合には側副靭帯損傷などを伴う複合靱帯損傷が散見される。また、無症状の半月板(内側半月の前角)の石灰化がしばしば認められる。

猫の膝蓋骨は犬に比較し相対的に大きく、膝蓋骨内方脱臼が洋猫で散見されるが、その手術法に関しての詳細な報告は非常に少ない。

脛骨

骨幹から遠位部の骨折が多く、内側Plateあるいは創外固定(図15、16、17)を用いることが多い。髄内ピンは脛骨がS字状をしているため、挿入しにくいことが多い。

図15: 脛骨遠位粉砕骨折(開放骨折)

図16: 脛骨遠位粉砕骨折(開放骨折)—創外固定TypeIII手術

図17: 脛骨遠位粉砕骨折(開放骨折)—骨癒合

足根関節

側副靭帯のLong bandはない。足根関節の靱帯損傷は一般的に認められる。

中手骨・中足骨

犬と比較し骨髄腔が広いため、髄内ピン手術で太めのピンを挿入可能。

脊椎

犬に比較し柔軟。項靭帯はない。

図18: 第7腰椎骨折&大腿骨遠位成長板骨折

図19: 第7腰椎骨折&大腿骨遠位成長板骨折—手術後

図20: 脊椎リンパ腫

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