膝蓋骨脱臼
科目:整形外科
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特徴
当院は膝蓋骨脱臼治療で国内では有数の治療実績を持ち、数多くの学会報告を行っています。 また、当院での膝蓋骨脱臼の再脱臼率は2~3%と非常に低く、良好な治療成績を得ています。膝蓋骨脱臼の手術は難しい手術ですので、経験の少ない獣医師が手術した場合には、再脱臼などの多くの合併症が出ることがあるため、注意が必要です。
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原因
膝蓋骨脱臼とは後肢の膝関節にある膝蓋骨(膝のお皿)が、お皿の入っている溝(滑車溝)の内側や外側に変位する疾患。原因としては先天性あるいは遺伝性と、事故などによる後天性の脱臼に分けられる。先天性の場合の発症時期は、早ければ生後1〜2カ月から発症する場合もある。膝蓋骨脱臼は両足が罹患していることも多い。一般的には、小型犬は膝蓋骨内方脱臼が非常に多く、中・大型犬は膝蓋骨外方脱臼が多いが、最近ではトイ・プードルやポメラニアンで膝蓋骨外方脱臼が発症する傾向にある(表2)。猫の膝蓋骨脱臼は日本猫では発症は少ないが、洋猫ではしばしば発症する。
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症状
重症度はグレード1から4に分類され(「診断」の項を参照)、グレード1では日常生活している飼い主でも異変には気づかないことが多いが、グレード2の場合には、走っていて急に後肢を挙上する。突然、後肢を後ろに伸ばす。立たせたとき、後肢の足先が内側や外側に向く。飼い主が小型犬を抱きかかえたときに後ろ足がコキンと鳴る感覚がある。などの症状が発現する場合が多い。グレード3以上では、特徴的な跛行となることが多く、ジャンプや階段の昇りが出来なくなる場合がある。
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診断
診断では獣医師の触診が最も重要である。触診で異常のある場合には、レントゲン検査やCT検査などを行い、骨変形と変性関節疾患の程度を診断する。
膝蓋骨脱臼には臨床症状を伴わない軽度不安定性のものから、整復不可能な完全脱臼(重度の跛行を示すもの)まであり、重症度は以下のグレード1から4に分類される。
【グレード1】
獣医師が触診で膝蓋骨が脱臼することで診断される。脱臼しても自然と正常の位置に戻る、痛みはほとんどない。また、骨の変形などはほとんどない。
【グレード2】
日常の生活で時々自発的な脱臼を起こす。また、軽度の骨の変形が見られることもある。痛みはあまり伴わないが、日常生活の中で時折スキップ様の跛行をする。このままの状態を放置していると、膝蓋骨や滑車溝の表面の軟骨が削れたり、あるいは靭帯が伸びたりしてグレード3に進行することがある。
【グレード3】
常に脱臼している状態。指で押せば整復できるが、またすぐに脱臼を起こす。跛行や機能障害を示すことが多い。正常な位置に膝蓋骨がないため、不自然なところに浅い滑車溝が触知される。この状態は両側性が多い。
【グレード4】
常に脱臼している状態。指で押しても正常な位置に戻すことができない。常に膝を曲げたような歩様になり、患肢にほとんど負重しなくなり患肢の筋肉量も極端に減る。骨の変形もさらに重度となる。この段階ならば生涯の早い時期に外科的処置を施さなければ、骨と靱帯の重度の変形が表れ、手術をしても完全な機能回復が不可能となる。膝を折り曲げたような(しゃがんだような)異常な歩様となる。 -
治療
治療は犬種、年齢、脱臼グレード、活動性、飼育目的などにより非常に様々である。一般的に小型犬の成犬では、軽度の脱臼で疼痛や機能障害や関節炎がなければ、手術ではなく内科治療で経過観察をする場合が多い。年齢が1歳未満の場合は軽度脱臼であっても、犬のサイズを問わず基本的には手術が推奨される。大型犬で月齢が非常に若い場合は、骨が急速に成長するため、早期に手術が必要となる。また、トイ・プードルなどの先天性膝蓋骨脱臼では、生後1カ月くらいで重度跛行となるため、生後2か月までに手術が必要となる場合もある。骨の成長が止まるまで放置してしまうと、重度脱臼に進行し手術を行っても機能回復できなくなる場合があるため、グレート2から3以上の場合は、できるだけ早い段階で手術が必要となる。
手術法は、浅い滑車溝を深くする方法、膝蓋靭帯の付着する部位の骨を移動する方法など様々な方法を組み合わせて行う。適切な時期に適切な手術を行なうことが最も重要であり、犬種やグレードによっては膝蓋骨脱臼の手術難易度が高く、手術後の合併症として再脱臼が多いため、経験豊かな獣医師が手術する必要がある。
家庭では、肥満しないように配慮し、床がフローリングのような滑りやすい場合には、絨毯やタイルカーペットなどを敷く必要がある。また過度のボール投げや急転回させるような運動は避けるように心掛ける。************* 飼い主として出来ること **************
飼い主は生活を共にしている犬の動きを良く観察してください。(表1)。少しでもおかしいと思ったら出来るだけ早く専門の獣医師に診断してもらってください。まだ、一度も膝蓋骨の診断を受けたことがないならば、ワクチン接種などで、かかりつけの動物病院に行った際に「うちの犬の膝蓋骨は大丈夫ですか?」と尋ねて下さい。
特定犬種に多発する(表2)ため、外傷性の膝蓋骨脱臼より遺伝性の膝蓋骨脱臼の方が圧倒的に多いと考えられます。つまり、ほとんどの膝蓋骨脱臼は遺伝的素因に加えて環境的要因によって症状が発現します。 膝蓋骨脱臼は、早期発見・早期治療がとても重要です。==========表1:飼い主でも出きる膝蓋骨チェックリスト===========
1 跛行(肢をひきずる)などはないか?
2 太ももの部分を両手で計り、左右対象に筋肉がついているか?
3 後肢の片方を持ち上げたとき、どちらか片方上げるのを嫌がるようなことはないか?
4 犬を歩かせ、後方から見た場合左右対称に着地しているか、どちらかが巻きこむようなことはないか?
5 犬を歩かせ、側面から見たとき後肢の後方への伸びは同じか?
6 伏せからスムーズに立ち上がれるか?
7 後肢をかばうようなことはないか?また、散歩中にしゃがみ込むことはないか?
8 歩いたり走ったりする際に突然ケンケンをすることはないか?
9 突然、後肢を後ろに伸ばすようなことはないか?
10 立たせたとき、後肢の足先が内側や外側に向くことはないか?
11 後肢を曲げたときに、膝の位置でコクッという感触が感じないか? -
経過
表2:膝蓋骨脱臼(PL) 好発犬種
【アメリカでの報告】
秋田犬、アメリカン・コッカー・スパニエル、オーストレリアン・テリア、バセット・ハウンド、ビション・フリッセ、ボストン・テリア、ブルドッグ、ケアン・テリア、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、チワワ、シャーペイ、チャウ・チャウ、フラットコーテッド・レトリーバー、グレート・ピレニーズ、狆、キースホンド、ラサ・アプソ、マルチーズ、ミニチュア・ピンシャー、ミニチュア・プードル、パヒヨン、ペキニーズ、ポメラニアン、パグ、シー・ズー、オーストラリアン・シルキー・テリア、スタンタード・プードル、トイ・プードル、ウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア、ワイアヘアード・フォックス・テリア、ヨークシャー・テリア、トイ・フォックス・テリア (FCI非公認犬種)/(アルファベット順)
文献;LaFond, E., Breur, G. J. and Austin, C. C. Breed susceptibility for developmental orthopedic diseases in dogs. J. Am. Anim. Hosp. Assoc. 38: 467-477. 2002.【日本の場合】チワワ、トイ・プードル、ポメラニアン、柴犬、ヨークシャー・テリア、マルチーズ、パヒヨン、パグなどで発症が多い。