犬の股関節形成不全の診断と予防

科目:

犬の股関節形成不全 CHD の診断と予防

整形外科 陰山敏昭

はじめに

犬の股関節形成不全(Canine Hip Dysplasia, 以下CHD)は1930年代にSchnellによって初めて報告された後、数多く研究・報告され、CHDは成長期の犬の股関節に異常な「緩み」が起こり、その結果として股関節に二次性の関節炎が発すると考えられています。また、特に大型犬種を中心とした多くの犬が罹患している多因子性遺伝疾患であり、繁殖方法により発生率を減少させることが可能であると考えられ、欧米諸国でのCHDに対する取り組みが今から約50年前に始まりました。その先駆け的な国であるスウェーデンでは開始当初46%もの割合で存在していたCHDを10年余りで23%に半減させることに成功しています。

多因子性遺伝性疾患とされている犬の股関節形成不全症(CHD)、肘関節異形成症(ED)、膝蓋骨脱臼(PL)を減少するためには家系記録を利用した選抜が必要であり、同腹犬など近親の情報が重要となる。しかしながら、犬の家系調査に関する報告は非常に少ないのが現状です。

股関節評価方法

CHDをコントロールするための検査方法はX線撮影により行なわれています。CHDは多因子性遺伝疾患であり、遺伝子の解析は困難で、いまだに特定の遺伝子は解明されておらず、遺伝型を調べることが出来ないため、表現型を調べることによって診断が行なわれます。CHDの表現型を調べる方法には単純X線撮影のほか触診(オルトラニー法、バーデンス法)やCTを用いた方法などがありますが、CHDをコントロールしていくためには、多くの犬に対し同一の基準によって検査を行なう必要があるため、X線写真を用いた方法が現在のところ最も理想的だと考えられます。

X線の撮影方法には大きく2通りあり、1つは多くの国のCHDコントロールプログラムで採用されている股関節標準伸展像撮影という方法で、アメリカのOrthopedic Foundation for Animals(OFA)やイギリス(British Veterinary Association/Kennel Club(BVA/KC) scoring scheme)、スウェーデン、スイス、国際畜犬連盟(FCI)、日本などで行なわれている方法です。もう1つはストレス撮影法という方法で、アメリカのPennHIP(the University of Pennsylvania Hip Improvement Program)法やスイスのSI法、コーネル大学の方法などいくつかの方法があります。

股関節標準伸展像を用いた股関節評点法

CHDに関連するX線写真上の変化を重症度別に評点するためのさまざまな方法が国際的に承認されています。それらの評点法は詳細では異なりますが、全ての方法は、X線撮影による股関節標準伸展像を用い、関節の緩み(亜脱臼)の相対的な程度と、二次性の変形性関節症(Degenerative Joint Disease, DJD)の重症度を主観的に評価しています。評点法には大きく分けてグレード制とスコアポイント制とがあります。グレード制とは正常な股関節から重度のCHDまでを主観的におおよそ5~7段階に分類する方法で、股関節の評価にグレード制を取り入れているのはアメリカのOFAの7段階評価、スウェーデンあるいはFCIの5段階評価などで、世界で広く行なわれています。OFAを例にとって見ると、Excellent、Good、Fair、Borderline、Mild、Moderate、Severeという7段階にグレード分けされ、Excellent、Good、Fairを正常、Mild、Moderate、SevereをCHDと判断されます。この方法はCHDが有るのか無いのかを決定するための方法として信頼されうると考えられています。Excellent、GoodあるいはModerate、Severeと評価された犬はどのような方法で評価しても評価結果にまず問題はないですが、問題となるのはBorderlineあるいはFair、Mildと評価された犬でCHDがあるか否かの評価が微妙な場合、すなわちグレーゾーンの場合であり、診断獣医師により評価が大きく異なるという点です。これはCHDという疾患の特徴上レントゲン写真によってCHDが有るか無いかを明確に線引きすることが科学的に不可能だからです。グレード制での診断率は、年齢が若くなるほど難しくなるため、グレード制を取り入れている多くの国では検査の対象年齢を大型犬では1歳齢以降、超大型犬では1歳6ヵ月齢以降としており、アメリカのOFAはもっとも遅く2歳齢以降としています。また、グレード制の問題点としては、かなり主観的な評価である、あるいは診断獣医師間の評価に大きな変動があるということがあります。すべてX線写真による表現型の診断をしており、遺伝型をみているわけではないため、グレード制を行った場合には疾患の表現型を決定する際の診断獣医師間での評価誤差が影響してしまうため、表現型の遺伝率の評価が低くなります。遺伝率が低いということは、淘汰圧を加えた場合に遺伝的変化速度が遅いということになります。

もう1つのスコアポイント制は主にイギリス(BVA/KC)とJAHD Network(日本)で行なわれている方法で、股関節をX線写真上でスコア化する方法です。BVA/KCでは、1歳以上の犬に対し股関節のX線写真上のCHDの特徴的な所見を片側ずつ9つの項目に分け、それぞれの基準に基づいて主観的に評価し、数値化したスコア(0~5、6ポイント)をそれらの項目に割り当て、左右全18項目分の総スコア(0~106ポイント)で評価しています。総スコアが高いとより重度のCHDということになります。現在のところ、股関節標準伸展像を用いた股関節評点法の中では、このスコアポイント制が世界的にも科学的には最も納得のできる方法であると考えられます。JAHD Networkでは、股関節伸展撮影によるレントゲン写真を使い、スコアポイント制で評価を行っています。スコアリング方法はイギリスの評価方法をもとにした独自のもので9項目についてそれぞれ0~5ポイントにスコア化し評価を行う(高ポイントほどCHDは重症を意味する)。そして左および右股関節の片側総スコア(0~45ポイント)、左右の股関節の両側総スコア(0~90ポイント)で評価を行っています。

ストレス撮影法

ストレス撮影法を使った評価方法の中で最も知られているのがアメリカのPennHIP法という方法です。この評価方法は4ヵ月齢以降という早期にCHDの診断が可能で、診断医の誤差が少なく、より遺伝率の高い方法です。しかしながらPennHIPを行うには、特別な器具と獣医師の一定の講習とアメリカでの認定試験が必要なため、診断ができる獣医師が少ないのが現状です。

おわりに

犬のCHDを中心とした遺伝性整形外科疾患に対する治療はもちろん重要ですが、その前提として遺伝性疾患を予防しなければなりません。遺伝性整形外科疾患に関して、欧米では50年以上前よりかなり精力的に研究されており、膨大な数の論文が報告されていますが、日本ではほとんど研究が行われていないのが現状です。そのために、我々獣医師は、飼い主、ブリーダー、ペットショップ、トレーナーなどの関係者と十分に協力し、1頭でも多くの犬が、遺伝性疾患の問題から回避できるようにするために有用な情報を提供できるよう努力していく必要があります。

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